目覚めても離れぬ狂気の悪夢ダングリングザヴェノムファング



一体何が起こったのだろうか。
少年スキッドはあまり理解出来ずにいた。

先程まではつい最近ミレイから紹介され、共に行動したあの少女と
共に街中を歩いていたのだが、スキッドは途中で意識を失った。

そして、気がつけば、こんな所にいたのである。
まるで何が何だか考える事が出来ないのだ。

まず、どうして今自分がこんな場所にいるのか、
そして、その場所がどこなのか、それを知って、
考える必要があった。





「んあぁ〜……、ってかここどこだろ……?」

 スキッドは大欠伸おおあくびをかきながら両腕を力強く引き伸ばし、ようやく睡眠から解き放たれる。

 しかし、周囲は薄暗く、今いる部屋のような場所の天井の中央にぶら下げられているランプによって辛うじて部屋の壁や床等が見える状態である。

 因みに、壁や床は無機質な石造りで仕上がっており、非常に冷たい印象を与えてくれる。

「そうだ、さっきおれクリスと歩いてたんやん……。なんでこんなとこいんだろ……?」

 スキッドにとって、今のこの状況は疑問点だらけだった。周囲に誰かがいる訳では無いが、独り言の一環でもどうしても疑問を投げかけてしまう。勿論、答えが返ってくる事は無い。





――スキッドの目覚めが発動したその時だ。ドアの外から――





「おい、セシル。あのガキやっとお目覚めのようだぜ」

 スキッドからはその声の正体を窺い知る事は出来ないが、外にいる誰かが別の仲間に声をかけたと言うのだけは確認出来る。

「おお、マジかあ」

 もう一人の呼ばれたであろう男がドアの窓代わりにと言った感じであろう、格子ごうしとしていくつもの鉄棒が縦に嵌められたその部分を覗き込みながら、自分の名を呼んだであろう男に返事をする。

 その覗き込んできた男の口周りに生えている灰色の髭及び、喉に引っかかったような声色は、スキッドの奥に眠っていた僅かな記憶を呼び覚ます。



「あぁ! お前らって、確かどっかの村でおれらに絡んできた奴らじゃねぇかぁ!」

 スキッドはアーカサスの街の途中でトラブルに巻き込んでくれたあの柄の悪い2人組みを思い出し、今スキッドが置かれている状況を気にする事無く声を荒げる。

 石で造られた壁に声が跳ね返る。

「ん? こいつって、ああ、思い出したぜ。あん時のガキかあ」

 セシルを呼んだ方の男も格子から室内を覗くが、スキッドの姿を見るなり、その男も過去を思い出す。



「言われてみりゃあ懐かしいぜぇ、こりゃあ」

 セシル本人もようやく気付いたかのように、スキッドを見て懐かしむ。

「あん時はよくも殴ってくれたなぁ! まだ覚えてっからなぁ!」

 スキッドはその初めて会った村でやられた仕打ちを根に持っており、それをぶつけるかのように、格子へと近づき、縦に並んだ鉄棒を両手で握りながら怒鳴り声をあげる。だが、怒鳴った所で男達2人が怯む事は無いし、それに本気でやりあった所で男に同じ目を遭わせてやれるかどうか。



「おいおい、お前がそんなとこで怒ったってこっちはなんも怖くも何ともねえんだよ」

 セシルを呼んだ方の男、痩せ型の方の男はそのスキッドの様子を馬鹿にするかのように笑いながら、スキッドから目を逸らしながら手を払う。

「そうだ、折角この機会なんだから、なんであの時俺らがこいつと、今はいないがこいつのダチに近づいたか、聞かせてやろうじゃねえかあ」

 セシルと呼ばれていた太った筋肉質の男は突然の提案を持ち出し、相方の痩せている男の肩にその膨らんだ手を乗せる。



「ああいいなあそれ。これからずっと因縁つけられてても面倒だし。おいガキ、ちゃんと聞いとけよ」

 セシルを呼んだ男はセシルの意見に即座に肯定し、スキッドに念押しをするように格子越しに指を差しながら聞く体勢を取らせる。

「ふん、どうせ下らねえ理由だろ?」

 スキッドはやり場の無い状態で、それしか言い返すものが無かった。向こうは部屋の外の世界にいるのだから、スキッドがどう足掻あがいた所で良い道は開かれないに違いない。

 諦めたかのように、その場で胡坐をかきながらセシルを呼んだ男の言う通り、聞く体勢に入る。



「実はなあ、アビスって奴が昔フラヒヤ山脈で柔白竜討伐しに行ったらしいんだよ。でもなんか俺んとこの仲間がうっかりその戦ってる最中の柔白竜に一角獣の雷なんか落とさせやがって、それをアビスって奴に直接見られたから外部にそれ漏らされたら不味いかもって理由で予め俺らがバハンナの村に配属されてたんだよ。実際アビスって奴、しっかり話してたよなあ、一角獣の話」

 セシルは格子の影になってしまっている胡坐状態のスキッドに延々と説明を続けた。スキッドの姿は直接見えなくても、内容はスキッドにとってはある程度は重要なものであるかもしれないし、それにセシルにとって聞かれていなくても大した問題にはならない、そんな気持ちがあってか、姿が直接目で確認出来なくてもここまで最後まで言い切れたのかもしれない。

 通常幻獣と呼ばれている一角獣が他の飛竜を襲うのはありえない。しかし、それはアビスの目の前で起こった事実として、現在に至っている。そんな常識では考えられないような事が外部に知れ渡ってしまったら、ギルドでも、それ以外のハンター達の中でも大騒ぎになってしまう可能性がある。

「一応オレらも表の世界じゃあ許されんような事ばっかしてる訳だから、下手に言い触らされたりしたら活動の邪魔になるって訳よ。だから適当な所でオレらが入って適当に始末しとこうって考えだったんだ、オレらはな。でもすぐリオレイア三頭来てくれた訳だったから、適当にハンターどもの仲間だったフリしといた訳だぜ」

 セシルを呼んだ男の方はセシル本人に続くように、口を動かした。その内容は絡んだ理由と言うよりは、寧ろそれをしなければ後にどうなってしまうかと言うやや想像的な不利益の説明と言った方がいいだろう。

 あまり非現実的な事がおおやけに知らされてしまった場合、そうなれば彼らのような裏社会で生きる人間達にとって大きな支障となってしまう。特に取り締まりに厳しいギルドが大きく動き出せば、たちまち彼らは一網打尽と化してしまうだろう。



「へぇ、なんか説明がすっげー雑に見えたけど、兎に角おれらは狙われるストーリーん中に迷い込んじまってたと」

 区切り無く説明された為、頭の中で整理し切るのに多少時間を使ってしまったが、スキッドはそれでも大体の内容は取り込む事が出来た為、やや格好をつけたような言葉で頷いた。

「まあお前も直々に消されっから、そこでまた寝てな。さて俺らも戻るか、あの2人んとこに」

 セシルはスキッドに恐ろしい一言を残した後、相方と共に扉の前を後にしようとする。



「そうだなあ、おい、ここちゃんと見張っとけよ」

 セシルを呼んだ男はセシルに対する口調とは思えないようなそれを見せつけ、まるで命令でもするかのような言葉を誰かに飛ばし始める。

「はい、了解しました」

 別の男が現れると、そのままセシルと、セシルを呼んだ男は扉を後にする。



――だが、スキッドの心の奥ではとある恐怖がうごめいていた……――



(消されるって……殺されるって事……?)

 多少回りくどい言葉ではあったが、どちらにせよ、その意味に明るいものは一切含まれていない。そう読んだスキッドの精神は焦りを見せ始める。

 ここに連れ込まれたのは、社会的にでも無く、その存在そのものを完全に消し去る為だろう。だとしたら、今ここにいるスキッドの状況は非常に危険な状態だ。

(やっべ……。なんとかしねぇとおれ超やべーじゃん……)

 スキッドは鍵のかけられたこの空間から脱出しようと色々と思考を巡らせるが、恐怖から来る焦りがその考えの邪魔をする。しかし、考え付いた所で思い通りに逃げる事等出来るのだろうか。








■ ■ ■ □ □ □ ■ ■ ■








危殆と懸念を混ぜ合わせた気韻な人間芸術品フェイティッド・ダーティ・プレシャスストーン



拘束されたクリスの目の前に持ち出された二つの死の芸術品ダークソウル
人間を元に作られたそれは、とても人間業とは思えない悪魔のオーラを放っている。

恐らく元々は女性であったのだろう。全身に巻かれた白い包帯の上からは、
女性と言う証拠として相応しい、膨らんだ胸が映されている。
所々にこびり付いた血痕がその2人の少女に起こった事情を明確に描き表している。

だが、

――はっきりと言えば、包帯だの胸だの、少女だのそんな事はどうでもいい話なのだ――

もっと注目すべき点があるだろう。

それは、両手両足である。

恐ろしい事に、2人の少女にはその両手両足が存在しないのだ。
包帯で包まれたその身体を見れば一目瞭然ではあるが、
両手両足全てが根元から無くなってしまっているのだ。
付け根に当たる部分は包帯越しに真っ赤に血液で染まっているが、
切断と言う言葉は恐ろしい世界以外のものをまるで伝えてくれない。

切断された痛み、恐らくそれは常人の想像を遥かに凌駕するものだと言うのは
考えるまでも無いのかもしれないが、
少女2人の表情も非常に違和感を覚えるものと化してしまっている。

まるで感情と言う感情を全て引っこ抜かれたかのような、生気の失われた表情。
口元から非常にだらしなく、そして汚く垂れ続けるよだれ
涎と同じように延々と出続けている鼻水。

両目は呂律が回っておらず、焦点すら揃っていない。
しかし、涙だけは僅かに映っている。
意識すらまともに操作コントロール出来ない状態でも、
今置かれている状況、そして純粋な痛覚だけは生きているのかもしれない。

――最早、一般世界で可愛いとイメージされている少女達の成れの果てと言うに相応しい、恐ろしくみにくい最期……――





「どうですか? 素晴らしい芸術品でしょう?」

 一般人が見れば恐怖に駆られるであろう、その人間の四肢を切り落とした恐ろしい状態にも、まるで既に慣れているかのような手つきと口調でクリスに訊ねる。

 わざとらしく右手で2人の少女を差す所が手馴れていると言う言葉の意味を更に強めてくれている。

「そんなの見せて私にどうしろって言うのよ……?」

 見せ付けられた恐ろしい2人の姿に対しては率直な感想を与えず、クリスは水色の瞳を動揺させ、そして震える口元を動かして、これから一体自分が何をされてしまうのか、それを聞こうとする。



「おや? この芸術品の事は問わないのですか? どうやって精製するのかとか、この後この2人がどうなってしまうのか、とか。聞かなくても宜しいんですか?」

 覆面の男としては様々な質問が飛んでくる事を想定していたらしく、期待を裏切られた事に対して怒りを見せずに冷静にそれを訊ねる。

「そんな……事……どうでもいいよ……。そんなの……見せないで……」

 クリスは恐怖に襲われ、まともに自分の言いたい事が言えず、ただの否定しか飛ばせずにいる。



「どうしてですか? 貴方もこれから仲間入りになるんですよ? これは達磨女だるまおんなと言いましてね、我々の仲間の医療スタッフが総動員して作り上げた傑作なんですよ。きっと貴方の可愛らしさならとても高く売り飛ばせるんですがね」

 意識だけでも逃げようとするクリスを更に追い詰めるかのように、男は覆面で隠れて見えない口を動かす。最後の方では褒め言葉と利益を並べるも、それはクリス本人にとっては絶望以外の何物でも無いはずだ。

「人の事、物みたいに言わないでよ! 私そんなの興味無いから!」

 男の説明で普通納得を覚えてくれる者はいないだろう。叶わぬ事だとは分かっていながらも、クリスは必死の思いで男達に向かってその悪質な手法から逃れようと、叫ぶ。



「そちらの興味はこっちにとっては関係無いですよ。貴方はハンターで、尚且つ我々の活動に手出ししたのですよ。しっかりと存在を消さなければこれからの我々の活動に支障を来たします。これだけは譲れません」

 男は自分達の都合だけを押し付けるかのように、罪人扱いであるクリスには敬語で丁寧に接しながらも、命が助かる道だけは絶対に譲ろうとはしなかった。

「いや……」

 それを言ってきた男を見ていたクリスはもう返す言葉が思いつかず、ただ、怖がりながら呟いた。



「まあ、そこまで心配しなくても大丈夫ですよ。我々のスタッフは最高の医療技術を持ち合わせていますよ。裏世界を見縊みくびってもらっては困りますね。大丈夫、貴方の可愛らしいそのお姿に相応しい最高の芸術品に仕上げてご覧にいれますから」

 怖がるクリスをなだめるように、確実な成功と自信を男は言葉だけで見せつけようとする。

 だが、怖がっている理由はそんな精製の過程の話では無いだろう。消されると言う、ただそれだけに恐怖を覚えているのはもう目に見えている。だが男達は敢えてそれを無視し、面白がっているに違いない。

「なあ、ちょっと今思ったんだが、外騒がしくないか?」

 丁寧口調では無い覆面の男が横から挟むように、訊ねてくる。



――その男の言う通り、部屋の外からは駆け足の音や、男達の声が部屋の中へと入ってくる……――



「ん〜、そうですね。ちょっと何人か様子見てきてもらえますか? あ、それとその二つはもう片付けて結構ですよ」

 敬語を扱うリーダー各の男は、周囲にいる者達に向かって相変わらずの敬語で命じ、そして未だに台の上に乗せられている達磨女と化した少女2人を見えない場所へと移動させるようにも命じた。



――そして男達は軽い返事と共に、それぞれの作業へと移り始める……
外の様子を調べるのと、2人の達磨女の片付けの二つへと……――



 そして、クリスの縛られている部屋に残されたのは、縛られているクリスは当然として、その敬語を絶やさない覆面男の2人きりとなる。

 クリスにとっては敵対する相手が激減した為に多少の安堵の気持ちが芽生えるかもしれないが、縛られている以上、言葉以外では何も抵抗する事は不可能だ。

 だから、実質的にクリスにとっては状況は殆ど変わらない。



「さて、皆さんはちょっとだけ忙しくなりそうですね」

 静まり返った薄暗い室内で、覆面の男は開きっぱなしになっている出口への扉へと近づき、閉める。

 室内にやや寂しさと、これからの不安を携えたような乾いた音が静かに響く。

(でもなんで……騒がしいんだろう?)

 クリスの中で、とある期待が膨らんでくるも、それは男の言葉によってことごとく遮られる。

「これでおれとお前は2人っきりか……」



――男は敬語を捨て、乱暴な口調へと化する……――



「えっ? どう言う……事?」

 男の口調の豹変ぶりに、クリスは一体それが何を意味するのか、怖くなってしまう。最も口調が丁寧であっても最終的な結末は変わらないのだろうから、恐怖と言う感情からは逃れられないとは思うが、敬語を取り払ったその態度はこの場の空気を更に重たくさせてくれる。

「今なら誰もおれの邪魔をする奴はいない……」

 言いながら、男は覆面を片手で引き抜くように脱ぎ、無精髭ぶしょうひげに塗れた中年の顔を露にさせる。鼻の下に埋め込まれた真っ黒で、尚且つ巨大な黒子ほくろが汚らしさと、嫌らしさを沸き立たせている。

 そして脱いだ覆面を放り投げるように、台に置く。重量の無い覆面が非常に小さな音を立てて台へ着地する。



「何か……する気?」

 恐ろしい事でも企んでいるかのような笑みを浮かべる男に震えながらも、クリスは必死に恐怖を噛み殺しながら訊ねる。

「しばらくしたら医療班がやってきてお前を改造手術してくれる。けど、善く善く見りゃあお前……」

 素顔を露にした男はクリスを凝視しながら、徐々に近づき、左手をクリスの顔のすぐ横に押し当てる。支え代わりとしようと思ったのだろう。そして、右手は……



――パーカーの間から見える赤い肌着越しに、程良く膨らんだ胸へと触れる……――



「いや……!」

 少女にとって確実に触られたくないであろう部分を握られ、クリスは羞恥しゅうちと恐怖に悲鳴に近い声をあげる。同時に表情も大きく引きる。

 開いている左脇からは酸っぱいような悪臭が放たれ、不快感しか表せないような体臭と混ざり、クリスを追い詰めているが、今のクリスにとっては触られている事の苦しみの方が大きいだろう。

「何ビビってんだよ。女はこうやって男に遊ばれる為にそんな身体してんだろ? ただ見てるだけじゃあ詰まんねえ。いじってこそ本当の価値が生まれるってもんだ」

 拘束されて全く抵抗出来ない事を良い事に、男は自分の行為を正当化するような発言を飛ばしながら、手の先に伝わる感触で異性であり、尚且つ自分の倍以上は歳幼い相手の身体をもてあそび続ける。

「後、こっちも残ってたよなあ?」



――壁に押し付けていた左手を今度は、クリスの下半身スカートの中へと伸ばしていく……――







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